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中編小説

赤水郷

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一、異邦人と紅い妓女 2

「・・・・車か?」
豪奢な車がまるで何かから逃げるように往来を走り抜けていく。四方に袋を下げた終ぞ見たことがないその車が通りすぎると、何とも上品な花の香りが漂う。
「あれは七香車(しちこうしゃ)といって、本来王族が使っていた車だよ。最近では官吏や商人、遊女が戯れに乗っていたりするけどね。ほら、通った後に匂いがするだろう。あれは四つぶら下げた袋に香が入っているからだ」
七香車が見えなくなった後、女の死体が人垣の隙間から見えた。首に一筋の切り傷がはしり、赤黒い血痕が地に花を咲かせている。金の簪で髪を飾り、薄紗の衣を着た女は、美しい死に顔で息絶えている。
先ほどの七香車と関係があるのだろうか、死しても艶容なその様は遊女であることを確信させるほどの鮮烈さがあった。
(誰かに刺されたらしいが、周りに殺気がない。下手人は逃げたか・・・・)
「物騒なもんだね。よく見たらまだ若い娘じゃないか」
そう言って黙祷する興光の目を盗んで、青頴は近くにあった桃の木からまだ固く閉じた蕾を摘み、拳に隠して人垣をすり抜けた。次に拳を開いたとき、見事に花開いた桃の花が現われる。風に乗って花が舞い、花弁を震わせながら落ちた先はさっき亡くなった女の上。血が滲んで紅く染まった花は、女を肥やしに美しく咲いた。
興光が目を上げたのと、人垣から青頴が出てきたのは同時だった。
「見かけによらず情の深い人だ」
「見ていたのか?」
「女に花を手向けるとは意外に思ったよ」
感心する興光の表情にはさして変わったところがない。青頴は胸を撫で下ろしつつも気分が沈んだようで顔を伏した。
「誰であろうと、女が死ぬのはつらい」
「あぁ、全くもってそのとおり」
終始笑顔の興光も渋面で相槌を打つ。お互いやはり通ずるところがあるのだと双方が確認し、何とはなしに失笑し合う。
「おや、また何かいたかいね?」
素早く振り返り、神経を研ぎ澄ませて人混みから露店、小路に視線をやる青頴に、訝る様子で興光は問いかけた。
「それはわからないが・・・・殺気があった」
「何だって?」
きょろきょろ目玉を動かす興光を尻目に、青頴が足を向けた先は七香車が消えた小路。花の香りが鼻腔を擽った。
青頴は無意識に駆け出していた。
「お、おい!ちょっと待ちなよ」
興光が呼び止めるにも拘わらず、車を追って青頴は走る。まるで獲物を追う猟犬のように、青頴は殺気のする場所へ向かう。
露店の裏口や平積みされた民家の塀が続いている。車二台は通れないような細い道に香りの残滓が残っている。人通りもほとんどないその通りを駆け抜けると、仏塔を囲む白い壁で道が途切れていた。

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