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中編小説

赤水郷

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一、異邦人と紅い妓女 4

この刀を使う姿は誰にも見られたくなかった。どこぞの島で巫女だったという得体の知れない実母(おんな)が肌身離さず持っていたという宝刀だが、これもまた異質なものである。
雲が膨れ上がったような刃文がぶれ始めた。
女からは太刀が青頴の背中で隠れて見えなかったが、その異様な空気―――熱気のような殺気に喘ぎ、人外の化け物だという丹拷鬼もまた、動きを止めている。
積乱雲が強風に乗って移動するように、撫でられた刃文が切っ先へ移動していく。雲の如きその模様は徐徐に銀の鱗に変わり、棟から小さな角を生やした竜が刀身に巻きついた。青頴は出血しているとは思えぬほど顔を紅潮させ、太刀を構える。
吟慈刀と呼ばれるこの刀は銀竜を宿しており、その扱い辛さや破壊力故に、長年峯徠で封印されていたものだ。忌み嫌われていた吟慈刀と心中する気持ちで董に流れ着いたものだから、他に得物一つ持ち合わせていなかった。
そのまま化け物に無抵抗に殺されても良かったが、女を助ける必要がある。仕方なく、刃を抜いたが、刃から伝わる波動の凄まじさに、自分が愚かだったとすでに後悔し始めていた。
「上よ!」
女の声が助けとなり、寸でのところで丹拷鬼の鋭い蹴りを受け止めた。続けざまに相手が踵を落としてきたので、青頴は問題の太刀を一振りして回避するしか方法がなくなる。
ずごごごぉぉぉ・・・・・!
僅かに下から上に振り上げただけである。しかし、風が竜巻のようにとぐろを巻き、その爆風はすべての音を掻き消して暴れまわった。
派手な爆音が轟く。
土埃が膝まで押し寄せ、豪壮な竜の棟端飾りをつけた屋根が沈み、呆気なくも民家が倒壊していく様を目にすることとなった。
女は袖で鼻と口を押さえて茫然とその様を見守る。職人に頼んだとしても、これほど速く家を壊すことはできまい。
青頴は胃の腑が痛くなるほどの後悔で支配されていたが、刀を一閃した時点で勝利は確信している。その通り、刃を振るう風圧だけで丹拷鬼は粉砕され、塵も残らなかった。しかし、その力は小路の両脇の建物までもが全壊するほどの威力があり、加減を充分したつもりだったが、こんもりと盛り上がる瓦礫が青頴の意に反して出来上がってしまった。
土煙が全てを呑み込み、日を遮り、周囲を曇らせる。
青頴は太刀の威力に顔を歪めた。
「ほら、何やってるの。今のうちにさっさと逃げるのよ。このままじゃ、罪人だわ」
「しかし・・・・!」
女の顔が青頴の間近に迫り、袖を引くが、仕方がなかったと説明するにはひどすぎる被害状況に、青頴は動けないでいる。
「面倒事は困るのよ。付いて来て」
ついには艶色の美貌で強引に腕を引かれ、小柄な女の体に支えてもらい漸く足が動いた。
青頴達は倒壊した民家の塀から仏塔の敷地内へ侵入する。人の騒ぎ声が高まってきたので、脇腹に刺さったままの小刀を引き抜き、茂みに捨てる。振り向くと、七香車も倒壊に巻き込まれたらしく、その姿を留めていない。
「ちょっと残念だったけど、逆に足がつかなくて良いわ。七香車に乗る人間なんて限られているもの」
青頴の心中など構いもせず、前方を歩む女は埃を吸い込んで咳き込みながらからりと笑う。
このような異常としか言い様がない光景を目にして、一切気にする素振りすらしない女に疑念を持ちながらも、そもそも化け物に追いかけられていた相手だったと考え直し、青頴は自分の足で後に続いた。

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