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中編小説

赤水郷

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一、異邦人と紅い妓女 5

「怖くはないのか―――俺を」
「慙愧に耐えないって顔した人をどうやって怖がるの?」
ちらっと女は青頴を見て、くすっと笑う。青頴の強張った顔が僅かに緩む。
「酷い、顔か?」
「えぇ、そうね、見ていられないわ。私の祖国は辛い出来事は笑い事にするのが常識だった。だから、あなたみたいに眉尻を下げている人は笑いの対象なの」
緑の瞳をきらりと光らせ、茶目っ気ある顔つきでにこりと笑む。それにつられて青頴もぎこちなく微笑する。
「目の色が緑とは変わっている、他国の人間か?」
「そうよ、数年前に西域から出稼ぎに来て、今は『戯千房(ぎせんぼう)』という妓楼で働いているの。皆からは紅凛と呼ばれているわ」
「俺は峯徠から来た―――杜青頴だ。・・・・東の国ではこんな・・・まずい事を仕出かして笑ったりするような奴はまずいない。『反省していない』と詰られるからだ。だから〈酷い顔〉をするのが礼儀のようなものだった。しかし・・・さっきの所業は明らかに〈酷い顔〉に値する出来事だったと思うが、紅凛はどう思う?」
「董国ではこういう場合〈しらぬ振り〉が普通よ。だから、いくらやりすぎでも言い逃れできなくなるまでなら自分の非を認める言動はしないの」
埃で視界の悪い中、軒を連ねた仏塔の装飾―――神獣と青頴は目が合った。峯徠では丸みのある神獣が祀られていたが、こちらでは見たことのない牙の鋭い神の化身が祀られている。
「・・・・文化の違いというやつか」
「漲詠は異人がたくさんいるから様々な文化の違いに脅かされたものだけど、そのとっておきはあなたね。どういう体の造りをしていたら刺されても平気な顔で歩き回り、挙句に文化の違いにまで考えが及ぶのかしら。東の人は皆あなたみたいな人が普通なの?・・・まさかねぇ」
呆れた調子で話しながら、青詠がしっかり付いて来ることを確信すると足早に裏路地を通り抜けた。
「俺は変わっているんだ。人種の違いでは説明できんだろう」
「そうかしら、少なくとも人間でしょう?」
そして、大通りに出る前にふと、青頴に向き直り、傷口に触れてきた。女の繊手が流れるように伸びてきたものだから、振り払うこともできず、青頴と紅凛は目を合わせたまま固まった。
傷口の具合を見たのか、同じ人間だということを流れる血で確認したかったのかは定かではないが、紅凛の目玉が転がり落ちる寸前で静止した。

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