トップページ

ペントラルゴ 〜忘却の頌歌〜

第二章 選択と結果

四、

 

 クムジェンの屋敷に滞在して二日目の夜。安眠していたヴァッツは急に寒気がして目を覚ました。

手探りで手燭を引き寄せ火を灯すと、扉が僅かに開いている。女の子のレグレットに会ってから、片時も離さなかったゴーグルが頭にのっているのを確認して装着した。

「げっ、またあの子か」

眠すぎて瞼が開いていないが、レグレットがいることは肌で感じ取れた。

・・・・やはり殺気もない。

ただドアが風もないのにゆっくり開いていく。隣に眠るピトロに視線を向けたが、規則正しい寝息が聞こえてくるだけである。ヴァッツは寝台からそろりと降りて、廊下に出た。

 

 手燭を掲げて廊下を照らすと、廊下がどこまでも続きそうな錯覚を受ける。

明かりに照らされた廊下と闇の境界に、見覚えのある少女が立っていた。

いつの間にか必要でなくなってしまったゴーグルだが、付けると少女の顔をはっきり見ることができる。なかなか愛らしい顔立ちの少女だった。

「君は何がしたいの?」

少女は何も言わない。

透けて闇に溶け込んだ華奢な手で手招きする。

それから,、ふわりと宙に浮き・・・そして、掻き消えた。

 

 足音を殺して急いで廊下を進むと、階段の下で少女がヴァッツを見上げている。少女に誘われるようについて歩くと、書斎の扉を少女はすり抜けた。閉じ込められた苦い思い出があるだけに躊躇していると、分厚い扉が一人でに開いていく。

 しばらく迷ったが、結局ヴァッツは扉に体を滑り込ませた。

・・・・パタ

軽い本が床に落ちる音がする。音が聞こえたのは窓際の奥の方からだった。

「この本を持っていけって言いたいの?」

想像どおり、血のついた冊子が落ちていた。まるで誰かによって置かれたように、表紙を上向きに、ヴァッツの方を向いて置いてある。

星のない外の闇を背景に、窓に映る少女が頷く。

仄かに照らされた姿を見て、なぜか少女を恐いという感情が消え、ただ儚げで、悲しい気持ちになった。前に書斎で見た時に恐怖を感じたことが、不思議に思えるくらいである。女の子を見ていると、どういうわけか罪悪感が胸を締め付ける・・・。

その女の子が、煙のように揺らいで姿が徐々に薄れていき・・・そして見えなくなった。

夢でも見ている気がして、腕の中の不気味な冊子に目がとまる。

・・・・むしろ夢であったらとヴァッツは心から願った。

next→

back

novel top

inserted by FC2 system