クムジェンの屋敷に滞在して二日目の夜。安眠していたヴァッツは急に寒気がして目を覚ました。 手探りで手燭を引き寄せ火を灯すと、扉が僅かに開いている。女の子のレグレットに会ってから、片時も離さなかったゴーグルが頭にのっているのを確認して装着した。 「げっ、またあの子か」 眠すぎて瞼が開いていないが、レグレットがいることは肌で感じ取れた。 ・・・・やはり殺気もない。 ただドアが風もないのにゆっくり開いていく。隣に眠るピトロに視線を向けたが、規則正しい寝息が聞こえてくるだけである。ヴァッツは寝台からそろりと降りて、廊下に出た。
手燭を掲げて廊下を照らすと、廊下がどこまでも続きそうな錯覚を受ける。 明かりに照らされた廊下と闇の境界に、見覚えのある少女が立っていた。 いつの間にか必要でなくなってしまったゴーグルだが、付けると少女の顔をはっきり見ることができる。なかなか愛らしい顔立ちの少女だった。 「君は何がしたいの?」 少女は何も言わない。 透けて闇に溶け込んだ華奢な手で手招きする。 それから,、ふわりと宙に浮き・・・そして、掻き消えた。
足音を殺して急いで廊下を進むと、階段の下で少女がヴァッツを見上げている。少女に誘われるようについて歩くと、書斎の扉を少女はすり抜けた。閉じ込められた苦い思い出があるだけに躊躇していると、分厚い扉が一人でに開いていく。 しばらく迷ったが、結局ヴァッツは扉に体を滑り込ませた。 ・・・・パタ 軽い本が床に落ちる音がする。音が聞こえたのは窓際の奥の方からだった。 「この本を持っていけって言いたいの?」 想像どおり、血のついた冊子が落ちていた。まるで誰かによって置かれたように、表紙を上向きに、ヴァッツの方を向いて置いてある。 星のない外の闇を背景に、窓に映る少女が頷く。 仄かに照らされた姿を見て、なぜか少女を恐いという感情が消え、ただ儚げで、悲しい気持ちになった。前に書斎で見た時に恐怖を感じたことが、不思議に思えるくらいである。女の子を見ていると、どういうわけか罪悪感が胸を締め付ける・・・。 その女の子が、煙のように揺らいで姿が徐々に薄れていき・・・そして見えなくなった。 夢でも見ている気がして、腕の中の不気味な冊子に目がとまる。 ・・・・むしろ夢であったらとヴァッツは心から願った。 |