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ペントラルゴ 〜忘却の頌歌〜

第三章 必然的な不運

四、

 

一方、必死で逃げるヴァッツはもう何が何だかわからなかった。

 途中で巡回中の兵士に会った。話かけられて医務室へ行くように言われて断ったら、強引に引きずられたあげく殴られた。反撃しようとして初めて光具のスパナで人を殴るはめになり、罪悪感に後ろ髪がひかれたが、とにかく逃げた。

それから何回も、話かけてくる聖職者や官師などの数人に追いかけられた。その都度、人がいる中を通って追っ手を撒いて、また撒いてを繰り返し・・・今に至る。

(いったい、何人奴の仲間がいるんだ?)

 

 大広場でアシアを見つけたときは、集団葬儀から帰る群衆に紛れて歩いている時だった。人ごみを探しての道だったので迂回したが、この集団には助けられた。隣を歩く人々に奇異の目で見られたが、むしろ安心して気にならない。彼らは式さえ終われば寄り道せずに正門に向かう。その流れに逆らわず歩くだけでいい。

ヴァッツの姿を見つけて手を振るアシアがいる。ピトロはどうやらいないようだが、信頼できる大人の存在は心強く、じわじわ安堵が体中に広がった。

 

赤い目で叫ぶヴァッツを見て、それから背に負われている丸目に視線を向けたアシアは小さな体で駆け寄ってくる。

「何があったの?」

ヴァッツは今にも泣きそうな顔をしながら、今まであったことを説明した。

「何がなんだかわからないんだ!」

と、ヴァッツは半狂乱に叫ぶ。アシアはヴァッツの背を抱いてやりながら、少年の雨に濡れた顔を自身の長衣で拭いてやった。

・・・・混乱するヴァッツの述べる内容は要領が掴めない。

とりあえず、椅子に丸目を横たわらせてアシアは傷を見たが、背中の小剣が内臓まで達している。医学知識は官師になる際に多少必要であるため、丸目が助かる確率が低いことをアシアはすぐに悟った。

「こいつ・・・助かるよね」

「わからない。でも早く医者に見せたほうがいいのは確かね」

アシアの目が一瞬泳いだ。

(あぁもうダメなんだ・・・)

ヴァッツは悟る。

アシアは嘘をつくのが下手である。子供とはいえ勘の良いヴァッツにしてみれば、嘘を見抜くことは造作もないことだ。アシアの素直なところは美点であるが、今のヴァッツにしてみれば、嘘つきな大人の方が善人に見えたことだろう。

――――雨が強くなってきた。通り過ぎる人数も雨が降ってからとたんに減った。集団葬儀の参列者たちも足早に通り過ぎて行く。

「何かありましたか?」

参列者と思われる一人の女性が、ヴァッツらの異常な様子に気づいたようで話かけてきた。

「実は、この子が怪我をしてしまって・・・」

どう説明すればいいのか、言い淀むアシアがいい終わる前に、人々はざわめきたった。

「医者に見せるんだろ?俺、馬車を呼んで来るよ」

「あ、ちょっと、馬車ならもう呼んでありますわ」

アシアの言うことも聞かず若い男が走り去ってしまった。

中年と思しき細面の女は、気遣わしげに丸目の様態を心配し、羽織っていた内掛けを丸目に掛けてやる。そうこうしている間に、あっという間に若い男が馬車を呼んでくる。

アシアは集まった人の対応の早さに驚き、不審に思って抵抗しようとするが、腕を固められて思うように動けない。おまけに雨に濡れたせいか気分も悪く、力がほとんどでない状態だった。

背の低いヴァッツは人垣が邪魔で、アシアの窮状に全く気付くことができないでいる。いつの間にか、周りの大人達に、ヴァッツとアシアは分断されていたのだ。

「どうしたんですか?」

ピトロが帰ってきたのは、半ば強引に人々が丸目とアシアを馬車に押し込んだ時である。

「丸目・・・俺の友人が襲われて・・・て、ちょっと待って!」

説明している暇がない。その間にも、馬車の扉は閉められて動き出す。群衆が壁となり、馬車に近づけないヴァッツは、漸く周りの人間達の行動に対する疑念が確信に変わっていった。しかし、小さなヴァッツは大人達を押し分けて、人垣を突破することができない。

「私も同行します。ヴァッツは家に戻ってなさい」

「あっちょっと、師匠!」

素早く駆け寄ったピトロが馬車に飛び乗り、ヴァッツは乗り損ねた。ヴァッツはピトロに注意を促すことさえできなかった。馬車を見送った人々は一斉に散開し、各々帰路に着こうとしている。

 ヴァッツは雨も気にせず呆然と座り込むと、背後に気配がして振り返った。

稲光が走って、人影が浮き上げる。

「あぁあ、置き去りにされてやんの」

「・・・・無事だったんだね」

トスティンだった。

腕に軽傷を受けているが元気そうだ。

「当たり前だろ。ところで、追いかけなくていいのか?」

「追いかけるって、もう追いつけないじゃん」

馬車は肉眼では確認できないぐらいに遠ざかっている。だいたい馬車相手に走ったところで追いつけるはずがない。

「でもあの馬車が向かう先は、『死に掛け坊や』を襲った奴らの根城だぜ。要するに、拉致されたんだな」

「どういう・・・こと?」

「あの馬車も、さっきの周りの奴ら何人かも一味だったということだ。あんなに他人を信用するなと言ったのによ」

その時、稲光が強張ったヴァッツの顔を照らした。 

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