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ペントラルゴ 〜忘却の頌歌〜

第四章 理不尽な真実

六、

 

ルルドの開いてくれた空間を通った先は、さらなる隠し部屋へと続く階段が上に伸びていた。

敵をかわし、もしくは反撃して上ると、どん詰まりは研究室だった。ヴァッツや多くの子供達が捕まっていた建物の研究室にそっくりな光景がそこにある。

「これは・・・・・ひどすぎる」

ピトロは唖然とする。管のついた器具と実験体となった年若い人間は、やはり血を抜かれて眠っている。

「観念したらどうですか?」

リディアンは歯を食いしばって父親を睨みつけた。

「なぜ私が観念しなければならんのだ?親不孝な娘に私の新しい力を見せてやろう」

胸を張って酔いしれたボーゼスは、机上にある赤い試験管に手を伸ばし、それを口に運んだ。

「伏せろ」

突然トスティンの声が聞こえたかと思うと、押し倒されて身を屈めさせられた。ボーゼスの狂った笑い声にのせて身を焦がす熱風が頭上をとおりすぎ、レグレットさえも吹き飛ばす。

「見たか。我が力を」

顔を上げると、室内は散乱した実験器具と剥がれ落ちた壁板などで惨状となっていた。

「これは・・・聖創力ですか?」

「どうやら実験はほぼ完成したらしいな」

トスティンがピトロの体を起こすのを手伝って頷く。ボーゼスの体が二倍に膨れ上がり、年老いた顔に似合わない筋肉を供えた姿に一同凝然とする。

充血した目で睨まれたヴァッツは震えあがるほど悪寒が走った。

「私の子孫が消えてしまうのは残念だが、まぁ良い。優秀な家系の養子でも迎えよう。そして諸君らには、研究の成果を見せてやろうではないか」

そう傲岸に言い放ったボーゼスの手に、莫大な力を秘めた光の粒子が集まっていく。

「やっかいですね。これほどの力をお持ちとは、このままでは間違いなく我々は殺される運命です」

「でも、普通の人間に対する殺傷力では勝てそうにないわ・・・」

見るからに厚そうな胸板を視て、それぞれが後ろに退いた。

その間にも、ボーゼスの両手の指に集まった光が一点に集結し、それは大きく膨れ上がり、抱きかかえられないほどの巨大な玉が出来上がっていた。

「俺に考えがなくもない。ボーゼスがあの玉を放った瞬間に飛び出す。お前達は死ぬ気で逃げろ!」

「あなた・・・何を?何か知らないけど、先行なら私が行くわ。適任でしょ!」

「いや、俺を信じろ」

トスティンの決意にピトロとリディアンが呆然とする中、ヴァッツは僅かにトスティンが部屋の入り口の方に視線をやったことを見逃さなかった。二人の場所からは分からなかったかもしれないが、壁に備え付けられたランプに、入り口の何かがきらりと光ったのだ。

「残念だが、もう逃げられん。さらばだ」

尊大な態度で哄笑するボーゼスは、目にしみるような輝く玉を無造作に放った。それと同時にトスティンはボーゼスに向かって飛び出す。ピトロとリディアンは咄嗟にヴァッツを庇おうと手を伸ばすが、ヴァッツはそれをすり抜けてトスティンを追う形で床を蹴った。

「ヴァッツ!」とピトロの呼び止める声が聞こえた気がしたが、足を止めない。

 先に飛び出したトスティンは、入り口にいた人物が投げた小瓶を掴み、蓋を開け、ボーゼスに向けて投げようとしていた。ヴァッツはその間に距離をつめて、トスティンに投げられたそれを奪い取り、なおかつ入り口に向かってトスティンを蹴り飛ばした。

「なに?」目を開き驚くトスティンは、隙をつかれて見事吹っ飛び、壁にぶつかる手前で反転して着地する。

「ヴァッツやめろ!!」

トスティンの声が鼓膜を震わせる。だが、止まるつもりなんて毛頭ない。いくら聖創力の恩恵を与えられた想師とはいえ、もともとその力のある自分の方がトスティンより助かる確率が高いはずだ。

助けたかった。

やっと思い出した父親を。

トスティンは我が身を犠牲にする覚悟だと、ヴァッツにはわかっていた。

この手に持った小瓶がいったい何なのかヴァッツは知らない。だが、トスティンのしようとしていたようにボーゼスに投げつけた。

(きっとこの瓶に何か光明があるはずだ!!)

ボーゼスが眉を寄せて凝視する瞳とかち合う。ちょうど光の玉がヴァッツの近くで床に落ちようとしていた・・・。

視界が光に覆われて、目を閉じているのかそうでないのかも分からず、身を焼くほどの熱が体に駆け上がった。

それは痛いという言葉以上に、意識が真っ白になるような強烈な力だった。

「ぜったいに助けるわ」

混濁する意識の中、包み込むような母親の優しい声を聴いた気がした。

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