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ペントラルゴ 〜忘却の頌歌〜

終章

 

 

 事件の後、国の中枢である教会は大きく荒れた。

国を動かす高位聖職者の更迭、若しくは死。これらについては国民の混乱を防ぐため、更迭された理由は不正を行ったためだと国民には公表されることになり、ボーゼスらの死については事故として処理された。しかし、教会内部では事情を知るものも少なからずおり、緊張状態が続いている。

正常政策撤廃についても議題にのぼっているが、聖会議に出席していた聖職者の多くが更迭されたため、なかなか会議が進まないのが現状である。何より、突然撤廃した場合の国民の反応を考慮すると、なかなか踏みきることができないのが実情だった。しかし、それも丁度良い頃合に法王が撤廃ではなく、改正という形でこの議題を終結させるのではないかと専らの噂である。

 

一方ヴァッツはというと、従来どおりの穏やかな生活に戻りつつあった・・・・・・・。

 

ちょうどあの事件から半月経った今日、いつものように病床についているアシアに会いに、ヴァッツは足を運んだ。この半月の間、ピトロは牢獄でアシア一人を置いてボーゼスの邸に向かったことを反省したのか、アシアの傍を片時も離れず、二人で充実した時間を過ごしている。獄中での無理が祟ったのか、病が重くなったアシアは官舎を出て実家で養生しており、ピトロはアシアの両親の計らいもあって、ずっと泊まりこみで看病しているのだ。そして、その二人に会いにいくのがヴァッツの日課になっている。

 

「アシア、今日は元気そうだったね」

アシアを見舞った帰り道。

ヴァッツとピトロは連れ立って、自分の影を踏むように街路を歩いていた。

背後の夕日は真っ赤に空を染めている。

今日は珍しく、冗談ばかり言っていたアシアの勧めもあって、ピトロは家に一旦帰ることに決め、ヴァッツと二人、帰路に着いていた。

「ヴァッツには心配かけてしまいましたね」

ピトロからぽろりといきなり謝罪の言葉が出た。

「気にしないで下さい。俺達家族じゃないですか」

ヴァッツは自然と「家族」という単語が出たことに自分で驚いた。でも、おかしいとは思わない。記憶が戻ったとしても、何も変わっていないからだ。それに何より、ピトロが嬉しそうにしていることが何よりも嬉しい。

「家族といえば、トスティンが帰って来るといいですね」

「うん。・・・でも、親父は自分勝手な奴だから、仕事に奔走して帰って来ないかもね。それでもたまに思い出して、こっそり様子を見に来るような気がするよ」

「確かに。あれで照れ屋ですからね、いきなり帰ってくることはないでしょう」

「うん・・・。でも、例え傍にいなくても、みんなを覚えていることで、もう十分嬉しいんだ。だって、俺は一人じゃないってわかるから」

ヴァッツはレグレットの少女を見上げて頷いた。

事件の後、ヒースに少女を生き返らせて欲しいと何度言おうとしたかわからない。しかし、その度に母親の顔が頭にちらついた。

トスティンにはその様子を見て、「そういう所は母親似だな」と苦笑されたが、少女は今の状態で納得しているのか、安心させるようにいつも笑いかけてくれる。

 

気持ちのいい追い風が吹いて、優しく頬や首筋を擽った。

目の前に並んだ大小二つの影が近づく。

少女の優しい視線も感じる。

ヴァッツは胸が一杯になった――――――。

 

     ―― 完 ――

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