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中編小説

赤水郷

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四、彷徨える魂 2

「どうしたのじゃ、青頴?」
逸早く危険を察知した青頴は楊玉の手を引いて走り出す。
「走れ!強面達のご登場だ」
楊玉を肩に担ぎ、興光を追い抜く。背後を振り向くと、空を飛行する丹拷鬼が剣や弓を持ち、迫ってくる。どれもこれも白い顔に生気がなく、白目をむいて非常に凶悪な景色が後方に出来上がっていた。
跳ねるように青頴と興光の二人は走る。
両脇の灯篭が嘲笑うかのように、激しく揺れ始めた。
「あれが・・・丹拷鬼?元々人間の魂だったとは思えんな。化け物じゃ」
初めて目にする丹拷鬼に震えながらも、楊玉は痛烈に呟く。
「公主様は辛辣だね」とでも言いたげに興光は青頴に視線を送る。それを見て、青頴は鼻先で笑った。隣を走るその興光の身ごなしは軽快すぎた。体を使うことを生業にした人間の以上の動きであることは疑いない。公主の様子に驚きを見せているが、青頴にしてみれば、興光の方が注目に値する。
「人の夢を土足で覗き見る能力があることはわかった。しかし、その身体能力、何者だ?まだ、何か隠しているだろう」
自称『夢渡り』の小男に対する問いかけは、陽玉以上に辛辣なものになった。相手の過去を(正確には興光の妻)について知ることになったが、この小男はまだ何か隠していると青頴の勘は言っている。
「なぁに、何者というほどのもんじゃないよ。体力には自信はあるけども・・・・て、だからその怖い目。やめとくれよ」
青頴は心底嫌な顔をする。何者でもないというが、人の夢を覗くことができることですでに普通じゃない。そういう人間が、例え生まれ持って身体能力が高いだけであっても、顔色も変えずに『何者でもない』と言った時点で怪しいのである。おまけに康城の奥で普段生活しているはずの楊玉の顔を見知っており、その楊玉も興光に見覚えがあるという。あの身ごなしと、楊玉のことを含めて、唯の平民であるはずがない。
―――まさか、天子と繋がりがあるのか・・・・?
一瞬、そんな考えが浮んだが、すぐに考えに蓋をする。冷静に考える余裕がない。
風を切る音がして、咄嗟に前を行く興光の腕を引くと、興光の耳を矢が掠めて足元に刺さる。続いて、今度は青頴の眼前に矢が飛んでくるが、それは興光が足で蹴り落とした。
「増えてきたねぇ」
「―――あぁ、せっかくの夜空も、化け物ばかりだと風情も何もないな」
丹拷鬼の数は増え続け、数十に膨れ上がっていた。左右からも、援軍の丹拷鬼が闇夜の中から武器を携えて臨戦体勢である。
前に立ちはだかる丹拷鬼は、首を足で挟み、体を捻らせて頚骨を砕くという興光の妙技で払い退けられ、横から剣を振り回して現れた丹拷鬼は、素早い青頴の足払いによって排除された。
二人とも、簡単には殺せぬ丹拷鬼をなるべく相手にしないようにひたすら走る。
二人は夜空を疾走する流星も斯くの如くといった逃げ足である。
「これほどまでに、寂しさとは厄介なんだねぇ」
ちらりと丹拷鬼に視線をやった興光が呟く。近くで、ひひっと八重歯を見せて笑った興光は、長年修行をしすぎた高僧のように悟った顔をしている。
(何を知っている?)
皆まで言わない興光に対する不満を込めて、息を弾ませながら青頴は丹拷鬼を殴りつけた。
飛来した幾度目かの矢を袖で払い、息遣いが激しくなってきた頃である。殴りつけた拍子に、青頴の肩にしがみ付いていた楊玉が体勢を崩し、手近に光る魂に触れた――――。
絶大な光によって暗い夜空が虹色に染められ、陽光の世界へ青頴らを引き摺りこもうとする。
「なっ!?」
「ほっ、これは良い!」
楊玉が青頴から離れ、光に吸い寄せられるように消え、抵抗していた青頴も、背後から興光に手ひどく蹴られ、二人も楊玉を追って、光の射す場所へ身を捻じ入れることになった。

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